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高知簡易裁判所 昭和50年(ろ)21号 判決 1983年1月17日

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実の要旨)

被告人は、肩書住居地において無認可の保育所を経営し、乳幼児を預つてその生命身体の保護養育にあたる業務に従事するものであるところ、昭和四八年七月二二日午後六時ころ、その母親から預つた黒河正幸(同年三月三日生)にミルクを飲ませたのち就寝させるに際し、かような乳児は一旦飲んだミルクを吐き、その吐乳を誤つて気管内に吸引することにより窒息死するおそれがあつたのであるから、就寝中といえど同児の動静に少しでも異変が生じた場合はそれに相応した措置を講じ得るよう、同児を直接十分に監視することが可能な右保育所の大広間内のベツドに就寝させ、直接監視することができない別室に就寝させる場合は見回りを厳重にして同児を監視し、もつて窒息死などの事故を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて、同児を直接監視することができない別室(個室)内のベツドに就寝させ、六時三〇分ころ泣き出した同児の様子を見に行つたとき同児が安眠していたことに気を許して、不注意にもその後約四〇分間同児の動静を監視するための見回りをしなかつた過失により、同日七時一〇分ころ、同所において同児をして吐乳を誤嚥し気管内に吸引することによる窒息死に至らしめたものである。

(当裁判所の判断)

第一被害者黒河正幸の生育状況

<証拠>によると、つぎの事実が認められる。

被害者黒河正幸(以下「正幸」と略記する。)は昭和四八年三月三日の出産予定日に出生したが、その後最初のころは母乳、それ以後はもつぱら人工乳を与えられて順調に生育し、一度も病気したことはなく、毎月初めに高知日赤病院で受けていた検診でも、つねに医師から「標準より少し大き目で、なんの心配もない」と言われていたような元気な子であつた。そして、本件事故の一週間か一〇日前ころから寝返りをするようになり、自力で仰臥位からうつ伏せになることも二三度あり、うつ伏せになつた場合でも、自力で頭を上げたり上向いたり顔を横にしたりできるようになつていた。

死亡時の身長は約七一センチメートル、体重は7.5キログラム、頭囲約四五センチメートルで体格、栄養とも佳良であつた。

第二事故の発生

<証拠>によると、つぎの事実が認められる。

本件事故当時である昭和四八年七月二二日午後四時三〇分ころ、被告人は自己経営の保育所において正幸をその母親黒河美和子から預かつたが、この日も正幸に異常はなく、よく体を動かせ、時どき元気な泣き声をあげていた。

被告人は、それから正幸を右保育所大広間内のベツドに寝かせていたが、午後六時ころになつて被告人は保母として雇つている楠瀬朝をして二〇〇ミリリットルのミルクを正幸に飲まさせ、そのあと正幸を右大広間の南西隅に接して存在する個室内のベツドに南向きに寝かせた。

その後、正幸が少しの間泣いたのが大広間にいた被告人に聞こえたので、しばらくして午後六時三〇分ころ被告人が行つてみると、正幸は仰向けに大の字になつて眠つていた。

そこで被告人は正幸をそのままにしてその場をはなれ他の受託児の世話などにもどつたが、約四〇分後の七時一〇分ころ正幸のおむつを取りかえるため被告人は再び右個室へ行つた。

ところが、そのとき正幸は、依然南向きではあつたがベツドの東端の棚に頭をくつつけるように寄り、うつ伏せになり、ベツド上の厚さ3.2センチメートル、ほとんどクッションのないマットで口や鼻を塞ぐようにしていた。

そこで被告人は異常に気づき、すぐに正幸を抱き起こしたが、正幸の口唇はすでに紫色にかわり、目をつぶり、呼吸が停止していたので、被告人は右楠瀬に対して救急車の手配を命ずるとともに、自分は正幸に対して心臓マッサージなどをつづけた。

やがて救急車が到着するとともに、被告人は同車により正幸を愛宕病院に運んで医師の診察及び手当を受けたが、正幸はすでに死亡していて蘇生せず、その死亡が確認された。

なお、正幸の寝かされていた右個室内のベッドのマットには、本件事故当時、ベッドの東南端から東側の柵沿いに三六センチメートルの所付近に、右柵に接して直径約九センチメートルの濡れ跡であるしみがあつた。

第三因果関係

一正幸の死因について、検察官はつぎのように理由をあげ、被告人の過失によつて正幸の死を招いたものであると主張する。

1 正幸の死体解剖にあたつた医師松田義朗作成の鑑定書(以下「松田鑑定」と略記する。)及び同人に対する証人尋問調書によると、同人はつぎのように判断していること。

「(一)血液が暗赤色流動性であること、臓器漿膜下に溢血点が発生していること、内臓臓器にうつ血が認められること、気管及び気管支内に乳黄色液体の吸引が認められること以上のほかに死因となるような創傷、疾病の存在は認められないこと、の諸点から見て本件死因は吐乳誤嚥による窒息である。

(二) 右気管及び気管支内に存在する液体は、吐乳を誤嚥したものと認められるが、その量は気管において若干量、気管支において相当量であるから、吐乳誤嚥のみで窒息したと断言できるか否かの境界線に位置している。もし、吐乳誤嚥のみによつて窒息死に至らなかつたとすると、寝返りを始めたばかりで自己の体重を支えるのが精一杯の正幸は、吐乳誤嚥により力尽き顔面を敷布などに圧迫し鼻口を閉塞して窒息死に至つたものと考える。」

2 三上芳雄が、同人に対する証人尋問調書において「松田義朗医師は法医学の知識を有しており、正幸の死因を窒息死とする結論及びこれに至る鑑定方法は妥当である。解剖医の所見を信用しなければならない。」旨証言し、かつ自己作成の鑑定書(以下「三上鑑定」と略記する。)において、つぎのように判断していること。

「(一) 松田鑑定の死体解剖所見によると、血液の暗赤色流動性、臓器漿膜下の溢血点、内臓臓器のうつ血という窒息死体の三大特徴(以下、以上の三特徴を「三大特徴」と略記する。)が顕著に認められるうえ、気管内に乳黄色の液若干量、気管支内に乳黄色の液相当量、胃内部にやや褐色を帯びた乳約一〇ミリリットルが存在したことが認められるが、ミルクは胃液によつて蛋白質成分が凝固し小粒状となるから、このようなミルクが吐き出されて気管内に吸引されると、末端の細かい気管支はそのために閉塞され窒息死を招く場合がある。右解剖所見によると、正幸の死因は吐乳を気管内に吸引し窒息したことにあると考える。

(二) 正幸の死亡前後の状況を見ると、正幸は生後四か月二〇日の健康状態に異常のない寝返りを始めたばかりの乳幼児であるが、事故当日の午後六時ころ二〇〇ミリリットルのミルクを飲んだのち、同時三〇分ころには仰向けに寝ていたものの午後七時一〇分ころはうつ伏せになつていたというのであるから、正幸は寝返りをしたものと認められる。そして、正幸の寝ていたベッドの上に正幸の吐乳によるものと思われるしみが存在していたこと、乳幼児の胃は湾曲が少なく噴門や幽門の作用が完全でないため体動等により吐乳することが多いものであるから、正幸が右のようにミルクを飲んで睡眠中、その約一時間後に吐乳することは当然あり得ること、を考えると正幸は生理的に吐いたミルクを寝返りにより気管内に吸引したため窒息し死亡したものというべきである。」

3 右三上芳雄はさらに、同人に対する証人尋問調書においてつぎのように証言していること。

「死体に三大特徴が認められる場合、窒息死であると判断することは医学界における一般的な見解であり、正幸の気管支内に乳黄色の液が相当量あつたということは、正幸がミルクを気管内に飲み込んだ証拠であり、正幸の死因としては窒息死以外に考える余地がない。」

4 古川正強に対する鑑定人尋問調書(以下「古川鑑定」と略記する。)につぎのような供述があり、右松田鑑定及び三上鑑定を裏づけていること。

「(一) 生後四か月二〇日の健康な男児が夏期(七月二二日)午後六時ころ約二〇〇ミリリットルのミルクを飲んで睡眠中、その約一時間後寝返り等の体位の転換によつて生理的に吐乳することはあり得る。

(二) 授乳後一時間たつと、ミルクは胃液中の酸素の作用によつて凝固しているが、母乳の場合に比較し、粉ミルクの場合がより速くより硬く凝固する。

(三) 吐いたミルクが刺戟となつて、一時的に無呼吸という状態が起こることがあり、その場合は酸素不足をきたして急性の衰弱に陥り、そのため生体の拒絶反応が働かず、吐乳を誤嚥し、それによつて窒息死することがある。」

二しかしながら、本件証拠を子細に検討すると、検察官の主張については、以下1ないし4に示すような理由により疑問をいだかないわけにはいかない。

1 松田鑑定、三上鑑定が正幸の死因を吐乳の誤嚥による窒息であると判断し、三大特徴が存在し、かつ気管、気管支内に乳黄色の液が存在するとの解剖所見(松田鑑定)をその重要な根拠としている点について

この点に関し、鑑定人渡邊富雄作成の鑑定書(以下「渡邊鑑定」と略記する。)には、つぎのように相反する趣旨の判断が見られる。

「乳児が吐乳を気管や気管支に吸引することによつて窒息死することはあるが、健康な生後四か月二〇日の乳児であれば、授乳後一時間またはそれ以上経過してから乳を吐くことはない。あるとすれば、それは病的な原因によるものである。健康な乳児の気管に吐乳が吸引された場合は、生体の防禦反応として極めて強く咳き込み、気管に入つた乳汁は口腔内外に排出されるので窒息死することはない。あえて窒息死であると診断するためには、それ相当の解剖所見が認められなければならない。すなわち、吐乳誤嚥による窒息死であるならば、それは吐乳による溺死と同じことであるから、解剖所見にある鼻孔から洩出している液及び気管や気管支内の小量の流動性の液には窒息死の生活反応として細小泡沫を認めなければならないが、松田鑑定(解剖所見)にはこれを確認した記載がどこにもない。

三大特徴が存在するとの解剖所見は窒息死に特有のものではなく、すべての突然死に認められるものである。気管や気管支に存在する若干の乳黄色の液は、窒息死の場合のみでなく、種々なる損傷死や中毒死などの外因性死や病気などの内因性死の瀕死期ないし死戦期の随伴現象として、痙れんに伴う胃の収縮により逆流し吸引される胃内容物であつて、窒息死を裏付ける所見ではない。

正幸の死は、SIDSと呼称される内因性急死(病死)である。SIDSにも窒息死は皆無ではないが、本件には窒息死を裏づける証跡がない。」

さらに古川鑑定も、小児科臨床医の立場から検察官の主張(前記第三の一の4)に引用のような判断を示すかたわら、つぎのような趣旨の判断を示している。「吐乳は胃液を含んでいるので生体になじみにくいから、健康児の場合は、気管に吸引しても当然生体の拒絶反応によつて拒否する。この場合一部が気管内に残留することはあるが、気管を埋め尽くす程度に至らない少量の場合は通常窒息死することはあり得ない。

健康児でも、仰臥位で吐乳した場合に物理的原因で顔が横に向けられない状態にあるとか、体質により吐乳のため口頭蓋、咽頭部を刺戟し急激な呼吸困難を生じ拒絶反応が生じないほど衰弱した場合とかには、吐乳を気管内に吸引し窒息死するおそれがあるが、その場合も吸入量が多いことが条件であり、窒息死するほど吸引することは非常に珍しい。

気管内への吸引が窒息死といえない程度であるのに死亡している場合は、SIDSといわれる。そして、この場合も、また右のように体質により吐乳のため急激な呼吸困難を生じ衰弱を招いたことによる窒息死の場合も、死戦期の随伴現象として気管内に胃内容物を吸引することが考えられる。

三大特徴のほか、気管内に少量のミルクが介在するという解剖所見があるとしても、臨床医学的に見て、少量のミルクぐらいで死亡するというふうなことには多少疑問があると思う。右のような特徴は、窒息死以外の突然死でもあり得る。たとえば、肺のうつ血点はSIDSでも起こるのであつて、右解剖所見はSIDSの特徴でもあると思う。」

2 松田鑑定が、「正幸の死因が吐乳誤嚥による窒息死でないとすると、吐乳誤嚥により力尽きて顔面を圧迫し鼻口閉塞によつて窒息死したものである」とする点について

この点に関し、渡邊鑑定にはつぎのように相反する趣旨の判断が見られる。

「松田鑑定が『本件乳児が吐乳誤嚥により力尽きて顔面を床に圧迫し、敷布などの軟かいものがあれば鼻口を閉塞して窒息死に至る』とする点は、乳児の運動機能の発達状態に照らして考えるときは合理性を欠くものである。すなわち、正常な乳児の運動機能は、生後四か月ともなれば、首は完全にすわり、うつ伏せ位(い)で顔をベッドから四五ないし九〇度上げることができるものである。正幸は生後四か月二〇日であり、しかも死亡の一週間ないし一〇日前から寝返りをするようになつていたというのであるから、うつ伏せになつても顔を上げるし、また仰臥位にもどることもできるので鼻や口を閉塞することはない。それにもし吐乳を気管力に吸引すれば、乳児は咳き込むと同時に顔を上げるか横に向けるかするので、鼻口を敷布などで閉塞することはあり得ない。しかも、正幸が寝かされていた敷布やマットは薄いもので、ほとんどクッションのないものであつた。」

3 松田鑑定及び三上鑑定が一つの論拠としている「他に死因となるような創傷、疾病の存在が認められないこと」について

この点に関し、渡邊鑑定は、「乳幼児急死症候群(SIDS)の場合は、決め手となる死因が死後の検査によつても実証を欠くものである。」として、他に死因となるような創傷、疾病の所見がないからといつて、前記の解剖所見からたやすく「病死ではない」「吐乳誤嚥による窒息死(事故死)である」と断定するのは早計であることを示唆するとともに、本件死因はSIDSに合致すると判断している。そしてまた、SIDSとはいかなるものかについてつぎのように述べている。

「一九四〇年代から一九五〇年代にあけて抬頭してきた機械的窒息死否定説を契機として、形態学的病変の重視を反省する機能的病変の探究が進み、一九六九年にシアトルで開催された『乳幼児突然死の原因に関する第二回国際会議』で『SIDSは一つの真性疾患であり、乳児または幼児の突然死のうちで病歴上予知することができず、しかも死後の検査によつても決め手となる死因の実証を欠くもの』と国際的に定義されたものである。その定型的経過は、健康な乳幼児が常日頃の仮眠または夜間に就寝した直後またはその翌朝になつて死亡していることに気づくもので、解剖所見としては、三大特徴が唯一の共通所見であり、気管や気管支に若干の乳汁が介在することもある。顕微鏡検査では、肺うつ血水腫、肺胞壁にリンパ球、好中球、単球などの浸潤、肺胞内に単球や肺胞上皮細胞を容れる。血液培養や肺組織培養のいずれも陰性であり、非病原性であることなどが挙げられている。」

なお、古川鑑定も、この点に関し前記(第三の二の1)のように述べ、渡邊鑑定にいうSIDSの可能性をも示唆している。

4 検察官がその主張に引用する古川鑑定が、「吐乳による一時的無呼吸及び衰弱のものに起こる吐乳誤嚥による窒息死である」とする点(前記第三の一の4の(三))について

この点について古川鑑定は、たしかに検察官引用のようにその判断を述べているが、本件の場合、吐乳があり、かつそれを正幸が誤嚥したといえるかについては、前記のとおりこれを否定する判断(渡邊鑑定)がある。また、検察官主張のように吐乳及びその誤嚥の可能性を認める古川鑑定も、他方では前記(第三の二の1)のとおり渡邊鑑定がいう生体の拒絶反応による排除及び死戦期(瀕死期)の随伴現象として胃内容物が吸引される可能性を認めている。

なお付言すれば、三上鑑定及び古川鑑定によれば、健康な乳児が飲んだ人工乳は、その一時間経過後は顆粒状ないしつぶつぶ状をなして胃液内に混在しているのが通常であると認められるところ、松田鑑定(解剖所見)には、気管及び気管支に乳黄色の液が存在するとあるのみで、顆粒状ないしつぶつぶ状を呈する凝固乳が混在したとの確認はない。もちろん、この一事をもつて吐乳の誤嚥がなかつたと断定することは早計のそしりをまぬがれないが、無視しがたい疑問を提起するものであるとはいえるものと考えられる(前記認定のマット上のしみは、吐乳によるものか否かを証拠上明らかにしがたいので考慮の対象としない。)。

つぎに、仮に吐乳がありそれを誤嚥したとしても、それによつて窒息死したか否かの点であるが、前記のとおり渡邊鑑定は、「吐乳誤嚥による窒息死であるならば、鼻孔から洩出の液及び気管(支)内の乳黄色の液に生活反応としての細小泡沫を認めなければならないが、松田鑑定にはこれを確認した記載がどこにもない。」と判断している。しかも、古川鑑定はこの点について、「乳児の体位について物理的制約がある場合または吐乳によつて急激な呼吸困難に陥り体が衰弱した場合は、生体の拒絶反応が働かず、気管(支)内へ吸出し窒息死に至るおそれがある。また、その場合は細小泡沫を見ることもあるが見ないこともある。」旨述べながらも、他方では、「右の場合でも、吐乳の吸引量が両気管を埋め尽くす程度でなければ窒息死には至らない。その程度に達していないのに死亡しているとすれば、それは窒息死ではなくSIDSである。」旨述べている。

そこで、正幸の気管(支)内に存在した乳黄色の液が窒息死を招くほどの量であつたかどうかであるが、松田鑑定(解剖所見)はその量につき、前記のとおり「吐乳誤嚥のみで窒息死したと断言できるか否かの境界線に位置する。」としている。

なお、渡邊鑑定が、正幸の死について、吐乳誤嚥による窒息死を否定するのみでなく積極的にSIDSであると判断し、古川鑑定がその可能性を示唆していることは前記のとおりである。

三以上のとおり、正幸の死因については、証拠上、吐乳誤嚥による窒息(事故死)とする判断、それを否定しSIDS(病死)であるとする判断及びそのいずれに対しても慎重な態度に出る判断とが見られるのであるが、いずれも専門的な知識経験にもとづく法医学的、臨床医学的な判断であつて、たがいに疑問を提起しあう関係にもあり、いずれが真実に合致するものであるか、にわかに判定しがたいものがある。

検察官は、吐乳誤嚥による窒息死とする判断を採るべきものとし、SIDSとする判断は小児科領域において唱えられている一つの仮説にすぎなく、いまだ学界において定着したものではないと主張するのであるが、SIDSの学説が今日の医学界においてすでに市民権を得ているものであることは、三上芳雄に対する証人尋問調書及び古川鑑定によつて、また小児科の臨床医がSIDSと診断するところの病死が現に存在することは古川鑑定によつて、いずれも窺われるところである。

なるほど、SIDSは比較的新しい学説にもとづく死因であり、なお今後の研究によつて埋められるべき部分を残すものであることは証拠上認められるところであるが、ことは日進月歩の医学に関する問題であること、いわゆる通説とされるものも、多くの場合その初期は仮説から出発し、不明確な部分を順次克服してその地位を確立するものであることにかんがみるとき、検察官主張のようにたやすく顧慮の外に置くこともできないところである。

第四結論

かような次第であつて、本件死因は吐乳誤嚥による窒息であるかSIDSであるかを断定するための決め手を欠く場合であるのみでなく、被告人の行為以外の原因によつて正幸の死が惹起された可能性を否定することもできがたい場合であるというほかはない。他に、本件公訴事実を認定するに足りる証拠はない。

結局のところ、本件はその因果関係について、いずれとも判断しがたい相当な理由があつて、公訴事実を認定することができない場合であるから、その余の点について判断するまでもなく、「疑わしきは被告人の利益にしたがう」との刑事訴訟の原則にのつとり、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(今井盛章)

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